2024/02/26「一生、懸命。」

 

写真家の藤原新也さんのエッセイの中で、

手を合わせて、必死に祈る母の姿に

「一生、懸命(いっしょう、いのちをかける)。」

という言葉がのせられているのを見て、ハッとした。

 

一生懸命ということばが

あまりに当たり前で

ありふれたものになって

「いのちをかける」という自覚すらなく

安易に、軽々しく、使っていた、気がする。

 

 

究極的には

すべての瞬間、

一分一秒が

〝一生懸命〟

であるべきだし

そこには、いつ死んでも悔いはない

という〝死〟との対峙があるからこそ

〝生〟をまっとうできるとも言える。

 

 

「一生懸命」の真意・・・

それは

いつでも死と隣り合わせであることを

ありありと感じて生きること、

にあるのではないか、と思う。

 

 

うーん、

わたしはまだ

「一生不懸命」なことが多いかも。

まだまだ修行が足りませぬ。