葛藤して、抜け出して、またもがいて。執筆屋あんちゃのプロフィール

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はじめまして!執筆屋のあんちゃです。

 

わたしは現在ブログやSNSなど、ネット上での執筆業・情報発信をメインに活動しています٩( ‘ω’ )و

リアルでは、東京と地元の札幌の二拠点生活をしていましたが、最近は関西に行くことも増えて多拠点生活になっていますw

 

もともと何の文章スキルも才能も持たない普通のOLでしたが、会社に行きながらそのかたわらでブログを始め、少しずつ周りの人に読んでいただきながら気づけば独立して丸3年が経ちました。

 

一昨年前にはありがたいことに初の著書「アソビくるう人生をきみに。好きなことを仕事にして、遊ぶように生きる人生戦略」を出版させていただいたり、

全国各地で100回以上トークイベントやセミナー講師として登壇させてもらったり、

まわりの人に支えられながらなんとか生きのびてきました。

 

 

一見順風満帆に見えるかもしれませんが、

その裏では

  • 批判や中傷
  • 自分の想いと行動のギャップによる葛藤
  • 数字ばかりを気にする毎日

など、決して安泰とはいえない苦悩もありました。

 

ここでは、わたしの生い立ちや今までの活動を振り返りながら、

わたしがどんな信念を持って今の仕事と向き合っているのか、一体なにを目指しているのかを綴っていきます!

 

 

両親の離婚をきっかけに転校。その先で

今となってはブログやSNSで自分が伝えるべきことをはっきり発信しているので

「もとからはっきり物事を言える人だったんですか?」

と聞かれることも多いのですが、全くそんなことはありませんでした。

 

むしろ真逆とも言える性格で、常に人の目を気にしては、自分の意志を持たず流されるように生きてきました。

 

顔芸だけは天性のものでした

 

 

そんなわたしを形成した原点は、小学校時代の両親の離婚にありました。

 

今となっては両親にはすごく感謝していますが、当時は決して家の中は雰囲気のいいものではなく、幼いながらも「両親にわがまま言って迷惑かけちゃいけない」「これ以上険悪にしたくない」という気持ちが芽生えました。

本当はかまってほしい、と思いながらも、それを必死に抑えて良い子であろうとしていたのです。

 

そこから両親の機嫌を伺い、なんでも一人で楽しむ癖がついていきました。

関連記事:両親が二度離婚したけど、私は幸せに生きている、という話。

 

 

その後離婚を機に転校するのですが、その先で友達を作るのに苦労しました。

 

もともと一人で本を読んだり絵を描いたりするのが好きだったので、一人行動でも平気だと思ってたのですが、思春期にさしかかる女子はだんだんとグループを作り、グループに入れない子は「あの子友達いないんだ」という無言の視線を浴びるようになりました。

 

わたしもその空気を感じ、「友達がいないことは恥ずかしいんだ」と思うようになり、それから少しずつ自分を押し殺してグループになじむように。

 

決して友達と遊ぶのが楽しくないわけではないし、みんな仲良くしてくれました。

だけど、どこか自分が本当にしたいこと・言いたいことを押し込めていたような感覚もありました。

 

そんな違和感を抱きながらも、

「本音をいえば嫌われるかもしれない」

「仲間外れにされたらまた一人だ」

という恐怖に勝てず、社会人になるまで常にまわりの出方を伺いながら自分の行動を選択する人生が続いたのです。

 

 

そうやって周りに合わせるのがしんどいから、人とはほどよく距離を保って一人の世界に閉じこもる。

極端に人に干渉されることを恐れる人間になっていきました。

 

それは決してまわりの人や環境が悪いのではなく、「まわりに合わせなきゃいけない」と思い込んでいたわたしの臆病な心が原因だったのです。

 

 

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「このまま他人に流される人生で終わるの?」

就職を機に地元の北海道から上京し、IT企業に就職しました。

 

当時は「一度は地元を出て東京のスピード感を味わいたい」と思って東京に行きましたが、今思えば

「環境を変えれば臆病な自分も変わるかもしれない」

と無意識でどこか期待していたかもしれません。

 

 

だけど、ただ環境を変えただけでは自分の内面は変わるわけではありませんでした。

意志を持たないわたしは、会社に入っても優秀な同期たちに劣等感を抱き、先輩や上司に言われたことだけをこなし、あっという間に最初の1年を終えました。

 

幸いにも人に恵まれ、仕事自体は苦ではありませんでした。

だけど、主体的に動くことをせず思考停止したまま家と会社の往復で終える毎日に「このままへたしたら40年過ごすのだろうかという漠然とした不安が襲ってきたのです。

 

 

自分にはやりたいことも、夢も、信念もない。

だからこの生き方を変えるのはどうせ無理だろう。

 

でもこのまま死んでいくのはあまりに味気ない。

 

 

そう思っていたところに、社内で唯一仲良くしていた先輩からこう言われました。

 

「そうやって他人の目を気にして、流される人生で終わるの?」

「わたしはそれで終わりたくないから、仕事以外の時間でも自分がやりたいことやってるよ」

 

うっすら自分で勘付いていても、人から面と向かって言われたのは初めてだったので、その言葉は胸に深く突き刺さりました。

そして同時に

「わたしもそんなふうに胸張って自分の人生をまっとうしたい」

という静かな熱がふつふつと湧いてきました。

 

 

何から始めればいいかもわからない状態で、

「とりあえず今の会社以外の働き方を知りたいから、いろんな人に話を聞きたい!」

と思って、会社以外の時間でいろんなトークイベントに参加したり、そこから繋がった人たちと話したり、イベントの手伝いをさせてもらったりして多様な生き方をする人たちに出会いました。

 

 

そこで刺激をもらったわたしは、いろんなことに手を出し始めます。

世界一周を企てたり、地域活性のプロジェクトに参加したり、バンド組んでみたり、転職活動してみたり

 

だけどどれも中途半端で、長続きしませんでした。

 

「結局わたしにやれることなんてないんだろうか」

と絶望し、会社の仕事にも身が入らなくなって業務もささいなミスが続くようになりました。

 

何やっても続かないし、会社の仕事すらまともにできず、まわりに迷惑をかけている自分が本当に情けない。

 

そうしたある日、朝起きると急に涙が止まらなくなりました。

必死に落ち着かせて会社に行っても、すぐに涙がこみ上げてくる。

トイレに行っては落ち着かせて、またこみ上げてきて……

 

その日の夜、このまま会社に行くのは無理だと思い、3日ほど有給をとりました。

関連記事:「仕事行きたくない」は甘えではない。その気持ちを放置した私の末路。

 

 

そしてその間に、「自分はこれからどうしたいのか?」「そもそも自分にとっての幸せってなんだろう?」と徹底的に振り返ってみることにしたのです。

 

今までいろんな生き方をする人たちと話した中で考えたことなどをA4用紙8枚分くらいにダーっと書き出した結果、

わたしが実現したいのは「好きな人と好きな場所で好きなことをする」ことだという結論になりました。

 

やっと一筋の光が見えてきたと思い、それを実現するにはどうすればいいんだろう?とまた模索しながらイベントに参加したときにたまたま知り合ったのが、ブログで生計を立てている人だったのです。

 

 

自分のちっぽけな体験が、誰かの「笑い」や「勇気」になる

いわゆる「ブロガー」と呼ばれる人に初めて出会って、ほんとにそういう生き方が身近にあるんだなぁと知ったわたしはブログに興味を持ち始めます。

 

だけど文章を書いた経験はほぼなく(読書感想文とかミクシィの日記くらい)、自分にブログなんか書けるのか?と思っていたんですが

「ブログって誰でもタダで開設できるし、今すぐ書けるもんだよ」

と言われ、ハードルを上げていたのは自分の勝手な思い込みだったことに気づいて、ブログを始めました。

 

深夜の成田空港でブログを開設しました

 

 

そこからブログやSNSを通して繋がった人たちにアドバイスをもらったり、独学でググりながら、会社以外のあらゆるスキマ時間を使ってブログに没頭しました。

「せっかくやるなら一旦本気でやってみよう」

と思い、毎日1記事必ず書くという目標を立てて、仕事以外はほぼブログのことを考えている、というレベルで当時はがむしゃらに書いていました。

 

もちろんただのOLがブログを書いたところでたいして読まれることはなく、最初はかなり苦戦しました。

心が折れそうになりながらも、「とりあえず1ヶ月は絶対続けよう」と想い、当時の自分に書けそうなことはなんでも書きました。

 

 

そして、たまたま好奇心で書いた「熱海秘宝館に女一人で行ってみた」という下ネタの記事がSNSでバズり、そこから「面白い!」と読んでくれる人が少しずつ増えていったのです。(笑)

 

そこで初めて、自分の書いた記事が誰かの笑顔になったり、励ましになっているということを実感して、「ああ、ブログ始めてよかったな」「もうちょっと頑張ってみよう」と思えるようになりました。

 

 

「失敗したら、死ぬと思う?」

ちょっとずつブログが軌道に乗り始め、記事を書く楽しさがわかってきた頃、「会社に行く時間を全部ブログに注いだら、もっと成長できるんじゃないか?」と思い始め、会社を辞めて独立しようか悩み始めました。

 

だけど身近にブログで生計を立てる人なんてほぼおらず、どんな道のりが待っているか想像もできなかったのでしばらく悩んでいました。

 

そんな中なぜわたしは独立を決心できたのか?

それは、当時の恋人に言われたある一言でした。

 

「もし仮に会社を辞めて独立したとして、ブログがうまくいかなくて失敗したら、死ぬと思う?」

 

わたしはたしか「いや死なないと思う」と答えたと思います。(笑)

 

 

そのとき、何か吹っ切れたような気持ちになりました。

この日本という国で、たとえ失敗したとしても再就職したり、バイトや派遣をしながらブログを続けることだってできるはず。

 

どれほどどん底に落ちても、きっと死ぬことはない。

だったら、一度挑戦してみてもいいんじゃないか?

むしろ今挑戦を諦めたら、この先一生挑戦できないんじゃないか?

 

そしてわたしはこの直後、上司に退職を告げました。

 

会社を退職したときは、ブログの収益はわずか4万円ほど。貯金も30万円だけ。

 

そんな無謀な状態でしたが、

「わたしならきっとできる」

という根拠のない自信がふつふつと湧いてきたのを覚えています。

 

なぜならそれは、生まれて初めて誰の目も気にせず、自分の意志で決断したことだったから。

 

独立当初は金欠すぎて、毎日もやしと塩茹でパスタばかり(たまに納豆)の生活でしたが、そんな貧乏飯すらも楽しんでやるという気持ちで毎日必死に生きていました。

 

 

わたしは決して会社を辞めて独立することが正しい!なんて主張する気はないし、この選択が誰にとっても正解だとは思いません。

むしろかなりリスクがあると思うし、実際死に物狂いだったので万人には絶対おすすめしません。(笑)

(会社で働きながら愚直に情報発信を続ける人だっていますしね!)

 

ただ、わたしにとっては、後ろ盾を捨てて覚悟を決めるための貴重な経験となりました。

関連記事:25歳女が新卒で入社した会社を2年で退職した理由と、葛藤と決断について。

 

 

 

理想が現実となり、幸せになる……はずだった。

こうしてもがきながらも、わたしが理想としていた「好きな場所で好きな人と好きなことをする」という状態を実現させることができ、本当にこの決断をしてよかったと実感する日々が訪れました。

 

好きな場所で働けて、経済的にも余裕が出てきて、信頼する仲間もできてきた。

 

このまま順風満帆に進んでいくだろう、そう思っていました。

 

だけど、それは長くは続かず、独立してから2年が経つ頃に「本当にこのままでいいのかな?」という違和感を抱き始めました。

仕事も、ライフスタイルも何一つ不自由がなかったのに、言いようのない無気力感に襲われたのです。

 

この時期はほんと、何してもそこそこは楽しいけど心の底から満たされることはなく、徐々にそのモヤモヤが大きくなっていきました。

 

理想の状態を手に入れたのに、なぜ違和感があったのか?

それは、目先の数字を追い、他人からの視線や評価を気にする日々、「自分さえ良ければいい」という個人主義的な考えによって、本来自分が持っていた活動の軸を見失っていたからでした。

 

 

独立当初の貧乏時代、「お金がすべてじゃないけど、活動の幅を広げて幸福度を高めるには確実にお金が必要だ。そのためにはもっと影響力もつけなければ!」と思って、「月収〇〇万円稼ぐぞ!」「フォロワー数もアクセス数も増やすぞ!」と目標を立ててがむしゃらに動いていました。

その途中で、たくさんの批判や中傷を浴びることもありましたが、「そんなの構ってられない」と必死で見て見ぬ振りをしました。

 

そして目標としていた売上を達成し、着実にSNSのフォロワー数やアクセス数も増え、これで活動の幅も広がって幸福度も高まるだろうと思いました。

 

が、その幸福感は一時的なものだったのです。

その後は、目標を達成したあとに何もやる気が起きず虚無感に襲われたり、売上が落ちないか?アクセス数が減らないか?という不安と戦う日々が待っていました。

 

必死でその不安を消すように動いていたものの、「これじゃない感」はずっと拭いきれず、ある日わたしの中にひとつの疑問が芽生えます。

 

「あれ?わたしって数字を増やすために言葉を綴っていたんだっけ?稼ぐために情報発信してたんだっけ?」

 

 

人を数字としてしか見ず、自分で孤独を呼び寄せていた

ほんとは、自分の発信で誰かが笑ってくれたり一歩踏み出すきっかけになることが嬉しくて続けてきたはずだったのに、気づけばわたしは人を数字として見ていました。

 

もちろん結果としての数字を出すことは大事です。

だけどそれに偏りすぎた結果、数字の裏側にはたくさんの人がいることを忘れていたのです。

 

そうやって数字ばかり追う日々を続けた先で、人を人として見なくなり、都合の良い人間関係だけを作っていった先で言い知れぬ孤独感に襲われ、本来の自分の活動の目的がわからなくなりました。

関連記事:「自分さえ良ければいい」という思考が行き着く先には、孤独が待っている。

 

 

ずっと「これが正しい」と思ってやってきたことが、実は間違いだったのかもしれない。

何かを変えなきゃいけないのかもしれない。

 

だけど、今まで築いてきたものを壊して大きく方向転換するのはものすごく勇気がいる。

人が離れたり、数字が減るかもしれない。

 

何もかも捨てて、身ひとつで独立したはずのわたしは、気づけば多くのしがらみにとらわれていたのです。

関連記事:理想の生き方を実現したのに満たされなかった。悩み抜いてやっと光が見えた2018年の振り返り

 

 

「今のあんちゃのやり方は、本来の魅力が見えなくなってる」

そんな葛藤の中からしばらく抜け出せずにいた頃、またある人の言葉で大きな転機が訪れました。

 

あんちゃの魅力は”普通の人”ってことだと思う。普通だから、多くの人の痛みに寄り添えるし、共感できる。だけど今のやり方は、本来のあんちゃの魅力が見えなくなってるよ。

 

この言葉は、今わたしが一緒にコミュニティをやっているイチハヤさんから言われたものだったのですが、この一言にグサグサと刺さりながらも、最初はすんなりとは受け入れられませんでした。

 

自分がこだわりを持ってやってきたことを指摘されるのはすごく苦痛だったから。

 

「でもわたしはこれで結果を出してきたんだし

「あなたに何がわかるんだ?」

と強く反発する気持ちになりました。

 

でも、心のどこかで「確かにそうかもしれないな」という気持ちも芽生えていました。

耳が痛い話でなんども逃げそうになったけど、でも同時にここで自分の課題と向き合わないと変われないと思いました。

 

 

思えば今の活動を続けてきて、そんなふうにわたしのことを真剣に考えた上で面と向かって言ってくれた人はほぼいませんでした。

(自分の利害のために意見する人はたくさんいましたが

 

なぜならわたし自身がそういう「干渉しない・深入りしない都合の良い人間関係」ばかり作ってきたから。

 

でも、イチハヤさんが損得抜きで純粋にわたしのことを考えて言ってくれてるんだな、という空気を感じたこと・俯瞰した視点から冷静にアドバイスをしてくれたことが、ちょっとずつその言葉を受け入れていこうと思えるきっかけになったのです。

 

 

ある女子高生のメッセージ

そこから少しずつ自分の活動を見直していたときに、ある女子高生からメッセージをもらいました。

 

その子は、わたしが書いた「手汗のコンプレックス」の記事を読んで、

手汗で本当に悩んでた時にあんちゃさんのブログを見つけて、泣きながら読みました。どうしてもお礼を言いたくてここで言わせてもらいます。わたしもいつか自分の手を理解して好きになれますように。

といった内容の、ものすごく長文で熱い気持ちのこもったメッセージを送ってくれたのです。

 

 

それを読んだ時に、わたしは涙が止まりませんでした。

 

 

自分が情報発信を続けていることの、本当の意義を思い出したから。

 

 

 

そうだ、わたしはこういう人たちのためにやってたんだ。

お金とかフォロワー数とか、それが目的なんじゃなくて、

自分の体験が誰かの悩みに寄り添えたり、誰かの挑戦を後押しできることが純粋に嬉しくて、ここまで続けてきたんだ、

と。

 

 

その瞬間に、ブログを始めた頃の感覚がブワッと蘇ってきて、心の底からじわーっとあったかくなるような気持ちになりました。

 

思えば最初の頃も、わたしのくだらない下ネタ記事を読んで笑ってくれたり、失敗談を読んで励まされたよと言ってくれる人がいたから続けてこれたんだよなと。

あの純粋な喜びに、お金とか他人の評価なんて一切関係なかった。

 

 

そう気付いた時に、今までの長い苦しみも葛藤も、全部経験してよかったと、心から思えました。

きっとこの経験も、誰かの背中を押せる言葉につながっていくから。

 

 

そうしてわたしは、自分が今やっていることの原点を思い出し、軸を取り戻したのです。

 

 

わたしが情報発信する理由

もちろん、仕事としてやる上では結果を追い求めることも大事だし、お金を稼がなければ生活もできません。

だけど、それらに偏りすぎては自分の根本の軸を見失ってしまうことも身をもって体感したのです。

 

 

思えばわたしの人生の転機は、すべてまわりの人のなにげない言葉でした。

 

人が発する言葉には、その人がどれだけ自分の人生に覚悟をきめているか、の重みが乗ると思います。

 

 

たとえ同じ言葉だとしても、

他人に振り回されながら適当に生きている人の言葉はどこか浮ついていて(言動と行動が一致していないからでしょうか

確固たる信念を持って生きている人の言葉は、ものすごく熱がこもっていてずっしり重みがあります。

 

 

だから、発信力とは人生の覚悟を決める力でもあると思うのです。

 

 

わたし自身がまわりの人の重みある言葉で人生変えるきっかけをもらってきたように、

わたしも誰かにとって人生の転機となるような言葉を届けたい。

 

そんな重みと熱のこもった言葉を届けられる生き様でありたいと思います。

 

 

そしてこれからは自分だけではなく、生き様を言葉に乗せていける人を増やしていきたい。

 

結局自分一人の言葉だけで届けられる人は限られていることを知ったからです。

 

 

今まで人と関わることを避け、常に壁を作りながら人間関係を築いてきたわたしにとっては、本当の信頼関係で繋がる仲間を増やしていくことは簡単ではありません。

 

だけど、ここで向き合わなければまた以前のように、孤独に葛藤する日々に逆戻りしてしまうから。

 

 

だからいま現在も、もがきながら奮闘しています。

 

泥臭く、しんどいこともたくさんありますが、今わたしは心から自分のやるべきことに向かって動けていること、そこで一緒に走ってくれる仲間がいることが本当に嬉しいです。

 

この先また挫折したり葛藤しても、その失敗すらも誰かの役に立つことを知れたから、前より格段に迷いが消え、進めています。

それと同時に、もっともっと迷いなく自分の生き様に誇りを持って進む人を増やしていきたいです。

関連記事:「好きなことで生きる」から「好きなひとと生きる」へ。令和の抱負

 

 

 

めちゃくちゃ長くなりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございます!

 

わたしのこれまでの人生が、誰かの希望になったら嬉しいです。

 

 

 

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