「就活したくない」という心の奥底の不安を無視した結果、私は社会人になってずっと違和感を持ち続けた。

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ここ最近就活を控えた大学生と話す機会が多く、わたし自身の就活時代についても思い返すところがあったので記しておきたいと思う。

 

わたしたちの年代(2014卒)は就職氷河期のピークが少し過ぎた頃で、まだまだお世辞にも簡単に内定がもらえる状況ではなかった。(文系はなおさら)

そんなプレッシャーもあり、まわりの友人含め「内定取れたらひとまず安心」みたいな空気が少なからずあった。

 

大学3年生の冬、12月1日に就職活動が一斉にスタートした。

噂によればそれよりも前から就職活動してる人もいたり、インターン先ですでに内定をもらっている人もいると聞いて、とにかく不安と焦りで胸がいっぱいだった。

すでに内定をもらっている人がまぶしく見えて、なぜかわからないけど劣等感を抱いた。まるで自分は社会に必要とされていない人間なんじゃないかと突きつけられているようで。

 

社会に出てやりたいことなんて、ひとつもなかった

そもそも、自分が社会にでて何をしたいのかわからなかった。

なんとなく進学して、そこそこの成績をとって、先生に言われた通りのことをこなしてきたのに、自分がこれから何をすればいいのかわからない。

 

あれ、おかしいな。

社会に出て意義ある人生を送るために学校にいたはずなのに、わたしはその方法を一切知らない。

 

「好きな仕事をしろ」

「やりがいのある会社に行け」

「あなたが社会に出てやりたいことは?」

就活が始まって、いきなりそんなこと聞かれてもわかるはずない。

だって学校でそんなこと一言も教わってない。考える機会すらなかった。

 

でも、まわりの友達は面接でスラスラ答えていた。

「こんなの丸暗記しとけば余裕でしょ」

ある友人は、そう言った。

 

そうか。面接は「企業が求めている答えを事前に準備しておけば受かる場所」なんだ。

じゃあ企業が求めている答えを丸暗記しとけば楽勝だ。あとは笑顔と元気があればなんとかなる。

そうやってとにかくみんな、内定をもらうことに必死だった。

 

「内定がゴールじゃない」

いろんな企業や人に言われた。

 

でも学校や親に聞かれるのは「面接に受かったかどうか」「良い会社に内定をもらえたかどうか」だ。

そうやって聞かれたら、そりゃ内定をとるために頑張るしかないじゃないか。

だから、内定はゴールじゃないと頭に描きながらも実際の行動はそれとは全く矛盾したものになっていた。

 

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「社会にでたらどうせ遊べなくなる」というクソみたいな常識

年が明けて少しずつ雪解けが近づくにつれて、だんだん内定をもらって就活を終える人がでてきた。

「〇〇ちゃん、メガバンの内定もらったらしいよ」

「あいつ、第一希望から内定もらったから就活やめたんだって」

そんな噂が毎日のように耳に入ってきた。

 

不安になるだけなので、なるべく聞かないようにしていたけど、やっぱりどうしても耳に入ってしまう。

だんだんタイムリミットが近づいていることに向き合わなければならなくなっていた。

 

わたしはまだ、就活の真っ只中だった。

北海道から東京の企業の面接を受けるために、毎週上京した。バカにならない飛行機代も、両親が「今後のためなら」と言ってお金を出してくれた。

そこへの申し訳なさもあり、「早く内定もらって終わらせなきゃ」という気持ちばかりが先行した。

 

そうして完全に雪が溶ける5月頃、ようやく希望していた会社から内定をもらった。

「わたしはもう報われた、よかった、もう自由だ」

そんな開放感に包まれた。

 

そのときはまだ就活を頑張っている友人もいた。

応援しながらも、心のどこかではもう就活は他人事で、残された大学生活をどう過ごすかで頭がいっぱいだった。

「社会にでたらもう一生遊べなくなる」という、今思えばクソみたいな常識を信じ込んでいたからだ。

 

正直、就職することへの期待はほとんどなかったし、不安もそんなになかった。

「社会人生活は、毎日が家と会社の往復の繰り返し」

「会社の仕事はしんどいし大変、でもどこもそんなもん」

たくさんの大人に、そう言われてきたから、就職する前から諦めていた。

就活とは、クソつまらない社会人生活を受け入れるための準備をする場所だと思っていた。

 

「大人はみんなこの苦しい日常を受け入れなければいけないんだ」と。

進む時間は止められない。だから来春になったら、腹をくくって社会の一員となろう。だからせめて大学卒業までは、自由に遊ぶ時間を作ろう。

 

わたしの就活は、まわりに流されるまま幕を閉じた。

 

これから就活をする人に向けて

今振り返っても、この選択が正しかったのかどうかはわからない。

ただ今の人生に満足できているから、結果的にはこの経験には感謝している。

 

だけどもっとやれることはあったかもしれない・・・とも思う。

 

「就活なんてしたくない。でもまわりがみんなやってるから自分もやらなきゃ」

こうした心の奥底にあった不満に、ちゃんと向き合えてたらどうなっていただろう。

 

「そもそも就職することがすべてなのか?」

「安定した企業に内定をもらうことが本当に正しいのか?」

そんな視点を持っていたら、わたしは社会人生活に違和感を抱き続けなくて済んだだろうか。

(どちらにしろ、わたしは社会人生活の途中で心の奥にあった違和感と徹底的に向き合うことができたので、今はすごく充実した働き方ができているけども)

 

現在就活中の人、これから就活する人には、ぜひ「就活」そのものの存在を考えることから始めてみてほしい。

 

仕事とは、あなたが幸せな人生を送るためのひとつの「手段」だ。

あなたはどんなことにワクワクして、どんな人と毎日を過ごしたいか。まずはそこから考えてほしい。

周囲の人は、とにかく良い企業に内定をもらえとプレッシャーをかけてくるかもしれない。しかし間違っても、親や恋人や学校の期待に応えるために内定をとりにいってはいけない。

誰かの期待に応えるために選んだ決断の後に待っているのは「こんなはずじゃなかった」という絶望だけだ。

 

これから決断しようとしていることが、はたして「自分の幸せ」につながっているのか、よく考えてほしい。

もしその決断に全くワクワクしないのなら、それはなにかを改めるべきなのかもしれない。

 

▼わたしが社会人生活で抱いた違和感とそこから脱した過程はこちら

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▼わたしから学生のみなさんへ伝えたいこと

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