付き合うとは結局どういうことなのか。28歳女なりの定義

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気づけば中学2年生くらいのときから周りの友達に恋人ができたり、「付き合う」人たちが少しずつ増えてきた。

そもそも付き合うってなんなんだろう?って疑問に思うこともなくはなかったけど、みんな当たり前のように付き合っては別れていたので、わたしもあまり深く考えず、その波に乗ってみようと思った。

(ちなみに初めてできた彼氏とは1ヶ月で別れた)

 

学生時代は「付き合うとは、都合のいい相手探し」だった

人を好きになるとはどういうことなのかもわからないまま、告白してくれた人と付き合っては別れを繰り返し、次第にわたしは「付き合うって、相手と距離が近くなる分めんどくさいことも増えるんだな」と思い始めた。

 

学生の頃、最優先で自分の趣味に時間を割いていたわたしは、恋人と遊んだり連絡を取り合ったりする時間すらも惜しいと思っていた。

でも恋人がいることで、周りに置いてけぼりにされず「リア充感」が出るし、さみしいときはすぐ連絡できる相手がいるのは正直都合が良かった。

 

要は、当時のわたしにとって誰かと付き合うのは「都合の良い相手探し」だったのだ。

だから、自分の思い通りに相手が動いてくれなくなると、途端にめんどくさくなる。互いの意見を言い合うのも、衝突するのもめんどくさい。

そこにエネルギーを使うくらいなら、自分のことに使いたい。相手に縛られたくない。思い通りにならないのならさっさと別れる。

 

28歳になったいま思い返せば、相手の好意を逆手にとって自分の都合のいいようにしか扱わない最低の人間だったと思う。

それくらい未熟で、無知で、他者の気持ちを考えず、自分のことしか考えない付き合い方だった。

 

そして常に相手と壁を作り、衝突を避け、自分のダメな部分を知られそうになったり都合が悪くなったらさっさと別れて逃げる。自分の得になる人としか付き合おうとしない。

 

実はこれは恋人に関わらず、自分の身の回りの人間関係すべてにおいて言えることだった。

 

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大人になった今は「付き合うとは、相手と向き合う覚悟を決めること」

「わたしって、損得ばかりで人と付き合ってたな」と気づいたのは、つい最近の話だ。

気づいたきっかけはいろいろあるのだけれど、恋愛に関してはここ1年ほど「付き合うってなんだ?」と概念そのものにとことん向き合ってきたのが大きかったように思う

 

今まで誰かと付き合うのは「都合の良い相手探し」で、「自分の行動の自由をある程度制限するもの・縛るもの」だと思っていた。

だから一旦、「誰とも付き合うのをやめてみよう」と思った時期があった。

関連記事:「一人の恋人と付き合う」という概念をなくして、常識に従わない恋愛をしてわかった3つの変化(※有料マガジン)

 

そういう枠組みを作らず、一緒にいたい人といる、という関係性を続けていく中で、見えてきたものがあった。

「付き合うというのは自分と相手の関係性をハッキリさせることで、その関係性に責任を持つ・覚悟を持って向き合うということなのかも」

ということだ。

 

「この人とちゃんと向き合いたい」と思う人と出会った時に、「付き合う」という枠組みをつくることで、当事者間でも、周囲に向けても、その覚悟を表明する一種の”宣言”みたいなものなのかもしれないなと思った。

そしてそれをさらに強固に、法的に結ぶのが「結婚」なのかも?と。(結婚したことないので、この定義は今後変わる可能性あり)

 

そんなふうに再定義するようになったら、誰かと付き合うのはむしろ自分の弱さと向き合い、相手とのコミュニケーションをより深めていく行為だと思えるようになった。

自分を縛り付けるものだ、と思っていたのは、結局捉え方の問題だったのだ。

 

もちろんこの定義はあくまでわたし個人の考えだし、万人にとっての正解ではない。

ただ、自分と相手の人生を両方前進させるために付き合うのか、相手を利用して自分が得するために付き合うのかで、その関係性の幸福度は劇的に変わるということだけはぜひここで伝えておきたいと思う。

 

 

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