「好きなことで生きる」から「好きなひとと生きる」へ。令和の抱負

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バブルが崩壊した平成3年に生まれ、「好景気を知らないゆとり世代」として育ってきた。

たしかに平成は経済成長も芳しくなく、多くの人がぼんやりと目指すべきものを見失って生きてきたような、まさしく「平らに成る」ような時代だったとも思う。

 

だけど、明治・大正・昭和と戦争が続いてきたなかで、近代では初めて平成は戦争をせず時代を終えた。

これから新時代を迎えるにあたって、平成と令和をつなぐ「平和」が訪れるような兆しが見えてきそうな気もしている。

 

 

***

 

 

日本の元号は「令和」で248個目だそうだ。(一番最初の元号は645年〜の「大化」)

ちなみに「和」という字はこれまでの元号で20回使われてきたという。

 

それだけ日本は「和」を大事にしているのではないか、ともとれる。

 

 

聖徳太子が作ったとされる日本初の成文法「十七条憲法」の一番始めには

「以和為貴(和を以って貴しと為す)」

と記されている。

 

”調和することを最も大事にしなさい”

と。1400年前に書かれたものとは思えないほど現代人にとっても必要な教訓だし、この時代から争いをなくし”和”を大事にしようとしていた姿勢があったことが伺える。

 

またその後に続く条文には「とことん話し合えば争いはなく調和が生まれ、何事もうまくいくだろう」といった内容が書かれている。

 

たとえ相対する立場であっても、しっかり議論を交わして腹の内を見せ合えば、争いはなくなり事がうまくいくようになる。

簡単なようですごく難しいことだけど、わたしの令和の課題はここにある、と思った。

 

 

人との話し合いを避けてきた先には「孤独」があった

会社員時代、自分の感覚とまわりの人の感覚がずれていることに気づき、馴染めなくなった。

「どうせ話しても理解されない」と、意志を表明することすら諦め、結局そのまま会社を辞めて独立した。

 

だから、フリーランスになったらひたすら一人で黙々と仕事しよう。

まわりの人とはほどよく距離感を保って、深入りせず、めんどくさいことは避けて生きよう。

そう思って動いてきた。

 

1年ほど活動して仕事も軌道に乗り始め、自分が目標としていた状態になってきたのだけれど、どこか心の溝が埋まらないような感覚が残っていた。

 

理想のライフスタイルを手に入れたはずなのに、その幸福感は一時的なもので、その後は得体の知れない虚無感に襲われた。

 

 

しばらくそのモヤモヤと向き合い見えてきた答えは、「まわりの人たちと深く繋がれていない」ことだった。

尊敬できる仕事仲間や友人はたくさんいたはずなのに、つながりはあったはずなのに、心の奥では「孤独」を感じていたのだ。

 

どんなに自分一人が目標を達成して満たされたとしても、まわりの人間関係をおろそかにしていたら本当の幸福感はやってこない。

 

それは今まで人との深い関わりを避け、予防線を張り、合理的な付き合いばかりを求めていた自分にまわってきた「孤独」という名のツケだった。

 

もっと腹の内をさらけ出すような、本気の関わり方をしたい。

大好きな人たちとはとことん話し合って信頼関係を築きたい。

 

だからそろそろ、この課題と正面から向き合わなきゃいけないタイミングが来たんだ、と思う。

 

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「好きなことで生きる」から「好きなひとと生きる」へ

今までのわたしは「何をやるか」に重点を置いてきた。

もちろんそれも大事なんだけど、それだけではいけないことを知ったので、「誰とやるか、どう関わるか」も同様に大事にしていきたいと思う。

 

 

面白法人カヤックという会社の代表である柳澤大輔さんの著書「鎌倉資本主義」の中で印象的な部分があった。

カヤックを設立したとき、どんな事業を行うかは決まっていませんでした。決まっていたのは、学生時代の友人3人が集まって、「この仲間で面白い会社をつくろう」というだけです。
(中略)
起業して「何をするか」は一切決まっていませんでした。ただ、「誰とするか」だけは決まっていました。
事業内容が決まっていないのに起業するなんて普通はありえないことです。でも僕たちは面白く働くことが最優先と決めていました。そのためには「何をするかよりも誰とするか」のほうが、重要だと思っていたのです。
引用:「鎌倉資本主義」柳澤大輔

 

たしかに、たとえ「何をやるか」が自分の好きなことではなかったとしても、心から信頼できる・楽しく働ける人がそばにいたら、きっとそれは幸せなことだろう。

 

究極は「誰とやるか・何をやるか」がどちらも理想の状態になることなのだろうけど、今後のわたしはより「誰とどう関わるか」に重きを置いて生きていきたい。

 

嫌われることを恐れて人と距離を置き、深入りせずラクな人間関係ばかり築いてきたわたしが令和の時代に向き合うべきはここにある。

 

 

平成は 「好きなことで、生きていく」 だった。

令和は 「好きなひとと、生きていく」 にしていく。

 

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