”エロ”とは卑猥なものではない。芸術であり文化である。

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オリエント工業のラブドール(撮影:あんちゃ)

ブロガーのあんちゃです。

先日あるニュースを見て、ここ最近のモヤモヤがはっきりしました。

>>春画プリント、セックス刺繍、ちょっとエッチなイラスト…アートな”エロ”が若い現代女性に支持(Fashion snap)

”パリ発のブランド「カルネボレンテ(Carne Bollente)」は、「セックスとおふざけ(=Sex&Silliness)」をモットーに2014年に始動。セックスの体位をポップに描いたイラストの刺繍Tシャツがインスタグラムを通じて話題を呼び、2016年には1シーズンで5,000枚が完売した。”

”また、カルネボレンテのTシャツは購入客の6割が女性で、恋人とのペア用にセットで購入する客も少なくないという。実際にTシャツを購入した10代の女子大生に聞くと「刺繍がポップで可愛い」と抵抗はないようだ”

まさにわたしが日頃から言わんとしていることで、わたしたちの世代(特に女性)にとって「エロとはアートでありカルチャーである」のです。

 

男と女、そして世代間の”エロ”に対する決定的な認識の違い

わたしがこのブログでエロネタを発信していると、様々な反応をいただきます。

「よくそんないやらしいこと書けるね」

「秘宝館って面白そう!行ってみたい!」

「わたしも日本の性に対する閉鎖的な意識は問題だと思います!」

もちろんそれぞれのエロに対する捉え方は様々だと思いますが、ひとつ言えるのは「エロを卑猥と捉えるか、ひとつの芸術(もしくは文化)と捉えるか」の違いが人によってはっきりしているということ。

 

もちろんわたしは「エロ」を卑猥なものとしてというよりは、ひとつの「芸術」「文化」として見ている側面が強いです。(性欲がないのに下ネタは言うってのもこの価値観から来ている)

秘宝館に行った時も、バイブバーに行った時も「昔はこんな文化があったんだ」「アダルト産業のモノづくりはすごいなぁ」とただただ感心させられることばかりでした。

でも人によっては「下品、汚い」と思う人もいれば「いやらしい」と感じる人もいる。そしてそれは性別が違うほど、世代が違うほど顕著になったりする。

 

どう捉えるかは個人の自由なんでとやかく言うつもりはありませんが、少なくとも上記のニュースにあるように、わたしたち世代の女性は「エロをひとつのアートとして捉えている」人も多いってことを知ってほしいのです。

 

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わたしにとっての「エロ」とは「芸術」である

昨年、ラブドールを製造しているオリエント工業のラブドール展に足を運んだ時も、わたしと同じくらいの若い女性客がすごく多くて驚いたのを覚えています。

そしてその女性客らはラブドールを見て

「かわいい!」「きれい」「下着がおしゃれ」

と言いながら盛り上がっていました。

この反応を見て、ラブドールが単なる「卑猥な性玩具」としてではなく、ひとつの芸術として受け入れられている証拠だと実感しました

関連記事:もはや芸術。オリエント工業のラブドールたち|40周年記念展

 

もちろんわたしもそのモノづくりの繊細さとか、本物のようなラブドールの笑顔に心底感動しましたし、「美しいなぁ」と感じています。

ここで「そんないやらしいものを見にいくなんて」と言われてしまうと、「そうじゃないんだよ」となるんです。。

 

エロへの捉え方は、裸を見て「卑猥だ」と思うか「美しい」と思うかの差だと思います。

どちらを否定するわけではありませんし世代が違っても理解してくれている人がいることも知っています。ただ、今の日本ではどうしてもこういう話題をすると「卑猥だ」と言われてしまうことが多いのです。

わたしは性の話題をもっとフラットに話したいし、ひとつの芸術として語りたい。そういう捉え方もあるんだって知ってほしい。

 

セックスの話題は日常の会話となんら変わりないし、オープンに話していい。

わたしはもっと真剣に性産業や性教育の課題や改善点を話し合いたいし、”真面目に”関心を持ってもらいたい。

きっとそう思っている人はわたし以外にも世の中にいっぱいいます。

でも世間の目はまだ「エロの話を表でするなんて」という視線。

 

若い世代からでも、少しずつ性への認識がよりフラットになることを願うばかりです・・・。

 

関連記事:下ネタ好き女=欲求不満でエロいと思ってる奴は大間違いなんだからな

 

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