悔しい。不甲斐ない。情けない。

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独立してから約3年が経ち、なんとかいまもまわりに支えられながら食いつなぐことができている。

 

多くのイベントに呼んでいただいたり、中学校で授業させてもらったり、新しいプロジェクトの企画に誘ってもらったり、本当に恵まれた環境で働かせてもらっている。

 

 

ただ胸の内では葛藤することばかりで、毎日自分の情けない内面と向き合っている。

 

 

 

この3年間自分なりに必死で理想の生き方を考え、追求してきた。

壁にぶち当たることも少なくなかったけど、その経験も含めわたしの人生はかなり大きく動いたと思う。

 

 

動いては立ち止まって、

これでいいのか?と悩んで、くよくよして、

誰かの声に励まされてまた歩き出して、

走り出した矢先でまたコケて

 

これを繰り返す日々だった。

 

 

つい最近までは、自分の軸みたいなものが定まって、「また走り出せる!」と思いながら活動を加速させていたところだった。

 

だけどそこでまた、ブレーキをかけてしまった。

 

 

この文章は、果たして誰かを救うものになっているだろうか?

この仕事は、本当にわたしがやるべきなのか?

わたしの働きは対価に見合っているだろうか?

心の底から湧き出る熱意を持って取り組めているか?

 

そんな問いが頭から消えず、思うようにスピードが出せなくなった。

 

 

頭に思い浮かぶ言葉たちも、うまく文章にできず書いては消してを繰り返した。

 

 

 

 

わたしは知っている。

 

本当に自分のやるべきことに没頭している瞬間というのは、悩む暇もなく手も足もフル回転で動かす状態だ。

なのに頭でもやもや悩んでいるときってのはたいてい私の場合「動かない理由を探すため」「不安を正当化するため」なのだ。

 

未知の領域に踏み込むのが怖いから。

失敗してコケるのが嫌だから。

だから動くことをやめようとする。動かない理由を必死に探す。

 

自分の保身ばかり考えて、逃げ道を確保する。

そんなことはとうにわかっているのに、それでも頑なに動こうとしない。

 

 

そういう自分の心の弱さとか、情けない部分が表面に浮き出てしまったときは、本当に目をそらしたくなる。

 

「おい何やってんだよ。くよくよ言ってる間にさっさと動けよ。お前がぐだぐだしている間に、仲間はどんどん動いて成長してるぞ」

頭上からそんな声が聞こえる。

 

聞きたくないから必死に耳を塞いで、布団に潜り込む。

 

朝が来ないでほしい。スマホを見たくない。メールも見たくない。誰もわたしに構わないでほしい。

そんなことばかり思いながら、なんとか毎日やりすごす。

 

 

 

なんて弱いんだ。

こんな見苦しい姿、いつまで晒すつもりだよ。

もうやめようぜ、そんなの。

 

 

 

自分の活動になんの意味があるとか、ないとか、どうでもいいじゃないか。

そもそもちっぽけなわたしという存在が、誰かの背中を押したり、この世界を変えようと思うこと自体おこがましくないか?

 

 

どうせわたしは弱い。

自分の活動が誰かの役にたつかどうかなんてわからない。

 

わからないけど、全力で自分の使命を全うする人生としない人生、どっちがいいかと言われたら、そりゃ前者だ。

 

だったら、誰かの役に立とうが立つまいが、何もせず惰性で人生を歩むと言う選択肢は元から用意されてないじゃないか。

 

 

 

 

 

 

よし、もやもやは全部吐き出した。

 

 

あとは、また少しずつ動き出すだけだ。

 

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