【北海道胆振東部地震】私が札幌で被災したときの時系列と記録

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今回の北海道胆振東部地震を経験して、この記憶を忘れないためにここに書き残しておきます。

この数日間、札幌がどんな状況だったのか少しでも知ってもらえたら嬉しいです。

 

地震1日目

2018年の9月6日、深夜3時8分。最大震度7の地震が北海道胆振地方を中心に起きました。

 

大きな揺れでベッドから飛び起きて、手が震えながらも着替えて避難準備をしました。

Twitterで情報を確認し、無事を報告。

 

地震直後、電気が止まり水道も出なくなりました。モバイルバッテリーと水のストックの大切さをここで知りました・・・。

家の窓から外を見渡すと、札幌の街が真っ暗に。こんな不気味な夜は初めてでした。

 

「電力復旧の見込み無し」とのツイートが。

 

 

余震で何度も揺れながら夜が明けました。

太陽を見るまでは不安で眠れず、夜が明けて緊張の糸が切れたように3時間ほど眠り込みました。

 

朝になって、水や食料などの買い出しへ。必要な物資リストをフォロワーさんが教えてくれました。

地震の影響で北海道全域が停電となり、札幌中心部は信号も消え、交通機関は壊滅状態に。数少なく開店してるコンビニも長蛇の列でした。

 

 

 

JR札幌駅も真っ暗で、交通機関のSTOPで足止めをくらった観光客の方などが大勢いました。

 

地震から8時間ほど経って、水や電気が早めに復旧した知り合いのゲストハウスが無料開放され、避難してきた人が多くいました。

わたしの家はまだ電気も水もダメだったので、ここで充電や食料、トイレやシャワーなど借りました。

電気がないと、普段どおりの生活が何もできないことを痛感しました。。。

 

結局1日目はわたしの家は電気も水も全く通らず、夜はゲストハウスに避難して宿泊させてもらいました。
リビングでは10名以上が雑魚寝している状態でした。

水道は断水しているところとそうじゃないところの差が大きかったのですが、マンションなどは電気を使って水を吸い上げるところが多いので、電気が復旧しないと水も使えない…というのが原因だったようです。

 

ちなみにこの電気が復旧している場所とそうでないところの違いは、「優先的に復旧させるべきエリア(病院や重要な公共施設などがある)かどうか」だそうです。

病院などがある区画の家は、早めに復旧するとことが多かったそうな。

 

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地震から2日目

9月7日は道内の3分の1の電力が復旧しました。

ただし札幌は交通機関はほぼすべてSTOPしたまま&お店などもほとんどシャッターが閉まったままです。

新千歳空港も天井が剥がれるなどの被害があったそうで、飛行機もほぼ欠航。

 

 

わたしの家もいまだ電気と水が復旧せず。2日目もゲストハウスに終日お世話になりました。本当にありがたい。。。

 

こういうときこそみんなで前向きに乗り越えたいよね、とラジオ体操をみんなでやりました。

 

2日目もツイッターを見て電源や水の確保でゲストハウスに来た方がたくさんいました。ツイートの拡散に協力してくれたみなさんありがとうございます!!

 

2日目の昼過ぎから、少しずつ営業を再開する飲食店などもでてきました。

ただどこの店も長蛇の列。コンビニも運送が間に合っていないため、惣菜の棚などはずっとからっぽのままです。ガソリンスタンドも3時間以上待ったという友人もいました。

 

▼2日目以降、少しずつ営業している店舗の情報が増えていきました

 

2日目夕方からは体力もちょっとずつ回復して、仲間と雑談したり仕事もできるように。

 

ただ、余震で何度か揺れることがあったので油断はできず。揺れるたびに心臓がバクバクし、冷や汗をかきました。

 

地震から3日目

3日目は道内の9割方のエリアで電気が復旧し、街中の飲食店も続々と営業再開するところが増えました。

ようやくわたしの家も水道と電気が復活。地震から約48時間後のことでした。

 

地震が起きてからほとんど食欲がなくてあまり食べれなかったのですが、ちょっとずつ回復してきました。

ただしコンビニは物資が届いておらず、いまだに水や惣菜がからっぽの店舗も多かったです。

(電気が回復したので自動販売機で水を買ったりしていました)

 

札幌駅も地下鉄やJRが運行しはじめ、日常が戻ってきました。

ただ、スタバなど一部店舗は閉店したままでした。(個人的な推測ですが、停電の影響で乳製品がロスになった&運送が遅れていて再開できないのかな…と思ってます)

 

3日目の夕暮れは燃えるように赤い空だったのですが、ぼーっと見上げていたところに最大震度4の余震が。

荷物を取りにひとりで家に帰っていたところだったのでものすごく心細くなりました。。。

 

地震から4日目

交通機関がほぼほぼ通常通り運行するようになりました。(空港行きの電車が優先的に再開し、普通列車も間引き運転で動くようになりました)

わたしも東京で予定があったので、JRに乗って新千歳空港へ。

 

空港はまだお店はほぼ閉店したままで、ところどころ立ち入り禁止区域がありました。

飛行機は無事飛んで、東京へ。

ですがこの日の夜も北海道で最大震度4の余震があったそうで。早く日常が戻ることを祈るばかりです。。。

 

 

自分の発信力が、誰かの役に立てるという感動。

普段からブログやSNSで発信することを仕事にしていて、こういう災害時に情報を届けることで誰かの役に立つことができたのは本当によかったと思います。

そして情報を多くの人に届けるために協力してくださったみなさんには本当に感謝しています。ありがとうございます。。。

 

命より大事な仕事などない。命より大事なお金などない。

今回の最大の学びはここでした。

 

東北大震災からの教訓で、「津波てんでんこ」「命てんでんこ」という言葉があります。

三陸地方では昔から「津波起きたら命てんでんこだ」と伝えられてきたという。

(中略)「てんでんこ」は、「各自」「めいめい」を意味する名詞「てんでん」に、東北方言などで見られる縮小辞「こ」が付いた言葉。すなわち、「津波てんでんこ」「命てんでんこ」をそのまま共通語に置き換えると、それぞれ「津波はめいめい」「命は各自」になる。

「津波てんでんこ」「命てんでんこ」を防災教訓として解釈すると、それぞれ「津波が来たら、取る物も取り敢えず、肉親にも構わずに、各自てんでんばらばらに一人で高台へと逃げろ」「自分の命は自分で守れ」になるという。

参照:Wikipedia

 

この言葉の意味を今回はじめて噛み締めました。

 

自分の命を守るためにできることを、最大限自分でやる。

 

一生忘れない経験になったし、この教訓も一生忘れちゃいけないと思います。

 

▼地震の直後に書いたメモ書きはこちら

関連記事:2018年9月6日、北海道地震を札幌で経験した直後に書き残したメモ

▼愛媛から札幌に遊びにきていた仲間のレポート

関連記事:【旅行先で被災】北海道地震を札幌現地から最速レポート。

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