2年前のクリスマスで感じた息苦しさと開き直りの転機

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今日、久々に押上スカイツリーに行った。

もう師走だ。

賑やかなクリスマスソングと子どもの声が混ざる中、わたしはふと懐かしい気持ちになった。

 

 

2年前のクリスマス、ここでバイトしていたのだ。

 

 

2年前と言えば当時社会人2年目で、今後の人生どうしようかと一番路頭に迷っていた時期。

このときは本当に精神的な余裕もお金も無く、実は会社に行きながら単発でバイトしていた。(ごめんなさい)

 

 

その時のバイトは、クリスマスイベントの抽選会で誘導するスタッフ。

景品が当たるように願っている子どもたちと、クリスマスの雰囲気を噛みしめているカップルが抽選に並ぶのを眺めながら、わたしはあのとき静かに苦しんでいた。

 

 

これから自分は何をすればいいのかわからなかった。

 

やりたいことはなにか?

やりがいのある仕事とはなにか?

理想の人生とはなにか?

なにがしたい?

どうすれば満足する?

 

そんなことを毎日繰り返し自分に問い続けていた。

 

 

苦しかった。

 

自分が思うように生きられないことに。

 

 

だから、無邪気にクリスマスを祝う人たちの笑顔が妬ましかった。

そのひとときの幸せを噛みしめる人たちにわたしの人生を踏みにじられているような気持ちにもなった。

 

「この人たちがのんびりクリスマスを過ごしている間に、わたしはお金を稼いで、勉強して、もっと豊かな人生を送ってやる」

と、勝手に闘争心を燃やした。

そうでもしなければ、惨めさと不甲斐なさで崩れ落ちそうだった。

 

 

***

 

 

「俺らクリスマスにバイトとか寂しいっすよね〜w」

と、一緒にシフトに入っていた大学生の男の子がボヤいていた。

 

「予定がないよりはお金も稼げるしいいんじゃない」

と、素っ気なく答えておいた。大学生は呑気でいいなぁと思いながら。

 

 

バイト終わりは、その男の子とバイト先の社員さんが差し入れてくれたでかいクリスマスケーキを裏の控え室でざくざくフォークで刺しながら食べた。

 

社員さんも、連日のクリスマスイベントに追われまくってて、ほとんど家で寝ていないようだった。目の下にでかいクマがあった。家族や恋人がいるのかはわからない。わかることは、この楽しいクリスマスは目の下にクマができるほどの労働で終わるってことだ。

 

男の子も、今後の進路に悩んでいる…とボソッとつぶやいた。ああ、意外と呑気そうに見えて実はいろんな不安を抱えているんだなと思った。かといってわたしはわたしで葛藤にまみれた社会人だったので、無責任にアドバイスすることもできずただ頷いて終わった。

 

 

・・・そうか。

みんな、大変なんだ。

 

 

ずっと今まで自分だけが苦しんでいると思い込んでいたけど、どんな人でもみんな悩んで苦しみながら生きてるんだなぁと、その瞬間気づいた。

 

クリスマスで賑わっていた人たちも、実は何かしら悩んだり葛藤してるのかもしれない。

一見幸せそうに見える人こそ、実は裏で必死にもがいているのかもしれない。

 

 

終電間際、風が冷たく手が凍えそうな押上駅の前で

社員さんは「俺、明日もイベントだから近くのカプセルホテル泊まるわ」と言い

男の子は「え!ぼくも帰るのめんどいから泊まろっかなー!」と言い出したので

わたしは「お疲れ様でーす」と一人でそそくさと電車で帰路についた。

 

 

社員さんと男の子がその後どうなったかは全然わからないし、なんなら名前も覚えてないけどきっと今年もどこかで誰かのクリスマスを彩っているのだろう。

 

 

クリスマスにバイトしながら自分の人生に思い悩むなんて心底惨めな人生だと思っていたけど

 

「こんなクリスマスも悪くないか」

 

と少し前向きになれた2年前の冬だった。

 

 

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